2024年が始まって約半月、つい先日までは明けましておめでとうのムードを感じることもありましたが…世間の時間はどんどん流れていきますね。
私は1月7日から募集を開始したプリンセス占星術の鑑定に取りかかっています。
半年をかけてしっかりやれることはやって勉強してきたつもりでも、いざ実践!となると先生方のお力も借りる部分が多々あります。
一人きりで頑張ろうとせず、できる人の力を借りながら、丁寧に一つひとつ積み重ねたものを、お客様にお届けできるよう奮闘中です。
プリンセス占星術の鑑定は“鑑定書”が付くので、これをまとめ上げるのに時間が必要になるのですが・・・この鑑定書を書いていて、ふと、とても懐かしい気持ちになりました。
もちろん初めての鑑定募集なので、占星術の鑑定そのものが懐かしいわけではありません。
ただ、これととてもよく似た過程を、かつて自分は経験していたのです。
それが、大学での“論文を書く”という作業でした。
占星術の鑑定と科学論文の執筆が同じように成り立っている、というと違和感を覚える人もいるかもしれません。
確かに扱っているものは全然違うのですが、本質はとてもよく似ています。
一見雑多に散らばるデータを整理して、一つひとつ並べて法則性が無いか観察する。
見出された法則を本当に正しく解釈できているか、過去の知見と照らし合わせて検討する。
検討した結果、「よし!いける!」となれば、それをどれだけわかりやすく美しい言葉で説明できるか、それが論文を書くという仕事でした。
占星術の鑑定も、同じです。
自由に散らばっているだけに見えるホロスコープの星々の、その一つひとつに対して、位置や性質を整理していく。
整理したものを並べて見えてくる法則や要点を探る。
見つけだした重要なポイントを、いかにお客様がわかりやすい美しい言葉でまとめるか、それが鑑定書を作るという仕事です。
先日のブログで、小川洋子さんの著書「世にも美しい数学入門」を取り上げ、下記のように綴りました(今回のブログのタイトルは、僭越ながらこの書籍のタイトルからとりました)。
多くの教育機関では学問を文系理系に2つに分け、社会はそれぞれに明確なイメージを植え付けます。
例えば、理系の学生は論理的に思考し感情的な議論に価値を見出さない、文系は言葉の行間を読むような観察眼をもち対人関係に優れる、など。
そして芸術などはそれらとは全く別のものと区分され、議論のなかにさえ加えられません。
しかし、真になにかを突き詰める人、まさに天才と呼ばれるような人々にとって、そんな垣根などあってないようなもの、天才はまさにそうした垣根を飛び越えて思考できる人たちだと実感させられたのです。

占星術は、古代の天体観察に端を発し、その後、統計学や様々な学問と結びつき発展してきました。
だからこそ、ホロスコープを読み解き鑑定書を作っていく作業に、まさに学問に通じるような面白さと美しさがあるのだと実感させられます。
大学を退職した今、私が研究してきた内容そのものは生活で日の目を見ることはありません。
けれど“学問をしてきた”ということが、間違いなく今の状況に活かされています。
じつは少し前まで、私は自分の経歴にある種コンプレックスのようなものを感じていました。
「大学院に進学し長々と学生という立場に甘んじたことで社会人としてのが経験が浅く、かつ、母校の研究室にそのまま就職したことで他の世界を知る機会を持たなかった。」
そんな風に思えるときがあったのです。
でも、今のこの状況を考えたら、それは必要な回り道だったのだとわかります。
占星術の楽しさ、美しさ、学問としての成り立ち、鑑定を提供することの価値、それらすべては今までの経験があったからこそ、これほど深く心にしみてくるのだと思っています。
この美しく楽しい世界にふれていく人を一人でも増やしたい、
そんな気持ちで、今日もホロスコープを眺めています。
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